2021年11月19
琉球國中山王尚 進貢の事の爲にす。
切に照るに、
幣国は海壤に僻居し世々天朝の隆恩沐け、貢典に遵依って、貮年に壱貢すること欽遵ひて案にあり。
査るに、康熙四十七年は貢の期に當るべし。時に、耳目官向英・正議大夫毛文哲・都通事陳基湘等を遣わし、
海船貮隻に座駕り、煎熟硫黄壱萬貮千陸百觔、紅銅参千觔、練熟百鋼壹千觔を分けて載せて、福建等處承
宣布政司に前み至らしめて投納せしむ。乞らくは、傳ついで、詳して督撫兩院をして題明せしめて陪臣
の向英等をして表文方物を齎捧げ、京に赴き叩して聖禧を祝せしむるを爲されんことの外に、所有の原船貮隻について、仍ほ乞ふらくは、貴司、其の餘員役を将って、来歳の夏至の早汛に於いて、速やかに本国に摘回するを賜はらんことを。
末員の海上の驚涛に至らざるは、皆な貴司の再生の徳に出ずる者なり。
貞、海陬に僻處し夙に貴司の清廉な恵愛、遐邇・沾恩を仰ぐなり。
奈何せん,万里の波涛、趨くに由る無く、教誨を承くるも、徒だに引き領れるのみなれば、私を蛩ならん。
茲の者にして、入京乗員は恐らくは、事を任すに堪へ弗らん。
統貴司に祈るのみ。始終照佛すること感佩ぞよ、何ぞ極かな。
此れが爲め理として貴司に移咨すらば煩爲は査照せられ施行せられんことを。須からく咨に至るべし。
右は福建等處承宣布政司に咨す。
康熙肆拾?年十月 日 『歴代宝案1636-20211119』